彼は小さい頃に天然痘にかかり、右目を失明してしまいます
通説によると、幼少時代に政宗を勇猛な戦国大名に育て上げた名守役(←簡単に言えば教育係と思っていただければ幸いです)片倉小十郎が小刀で政宗の右目をえぐり出したらしいです
えぐりだすとか・・かなりエグイね。笑
そんで1974年に政宗の遺骨を再発掘する機会があって、政宗の頭蓋骨を科学的に検証した結果、右目には傷などの異常も何も発見できなかったんです
もちろん外傷がないだけで、視力そのものが失われたということで「隻眼」となったかも知れませんがね・・でも少なくとも小刀でえぐりだすという行為はなかったらしいです(そりゃそうでしょ。笑)
でもこうやって隻眼とか少し傷があるほうが、武者って荒々しくて強いイメージがあるのはボクだけですかね
いい意味で、伊達政宗は「傷」を保持していたのではないかな
もう「隻眼(片目)」ですら男のファッションとして取り込むほどにさ
いやね、伊達政宗はかなりのファッションに気を遣ってたんですよ
よく「伊達者」って言うじゃないですか
あれは政宗からきているんです
秀吉の朝鮮出兵の令を受けて、政宗は兵たちに豪華な装飾を施した鎧や刀を与えて、京都や名護屋(←今の佐賀県唐津市)に向けて出発させました
これには、奥州伊達家の権威と戦力を見せつけるという巧妙な正宗の意図があったんです
政宗の狙いは見事的中
それを見た人々は、「さすが奥州王、伊達政宗。」と驚嘆し、政宗の存在感や怖さを存分に理解するのです
それ以後、派手で奇抜な格好をする人を「伊達者」と呼ばれるようになりました
伊達政宗・・ボクも男だし、少しは「キズ
